江川太郎左衛門でございます。
みなさん、こんばんは。
私は江川太郎左衛門と申します。
私は1801年、享和元年5月13日生まれ、生きていれば今年で219歳でございます。
私は、幕末の日本にレボリューションをたくさん起こしてきました。
幕末時代の日本で、私を知らない者はいないです。
しかし、令和を生きるみなさんには、とある事情で、私のことを知る人はいないと思います。
どうやら令和の今、インターネットというものを庶民皆がやっており、ブログという、江戸時代から見ればなんとも想像できない驚くようなことをしていると聞き、私もあの世からやってみようと、これまた庶民が皆持っている林檎社のパソコンを銀座の公式の商店で買って来た次第であります。
そこでブログというもので、私が生きていたときの活躍や歴史(注・伊豆の歴史を全く知らない方向けにざっくり、分かりやすく要約して書いていますので詳しく知りたい方は各々で調べて下さい)、
そしてネタに困ったら私が住んでいる静岡県の伊豆半島の情報をお届けしようかと思います。
いくら、日本のレオナルドダヴィンチと呼ばれた私とは言え、パーソナルコンピューターというものを扱うのは多分に骨が折れる次第であります。
ですので、これからはなるべくこまめに更新していこうかと思います。
慣れぬパーソナルコンピューターの釦をひとさし指でひとつひとつ打っているがため、この文章を書くのに2時間ほど掛かりましたゆえ、今日はこの辺で失礼いたします。
どなたさまも、素敵な夜を過ごせるようにお祈りいたしております。
では、また。
ごぶさたしてます
ごぶさたしています。
中の人です。
ふざけたノリではじめてしまった太郎の幕末レボリューション。
このときは江川太郎左衛門ってなんかすげー人だなーとしか思っていなかったのですが、
実は今年の8月から、江川邸の観光ガイドとして働くことになりました!
人生って何が起きるか分からないですね。
このブログをやっているときはまさか自分が江川邸で働くなんて思いもしなかったですよ。
そんなわけで、江川邸スタッフ「まゆ」として新たにブログを始めました。
このブログは真面目です。笑
たまには、英龍さん(江川太郎左衛門)もあの世から呼んでブログ書かせちゃいます?笑
ただ、江川邸で働き出して、英龍さんのキャラが全然こんなのじゃないとひどく反省しました。
↑おニューのブログ、よろしくお願いします。
南伊豆町のtea salon Kibiに行ってきました
みなさん、こんばんは。
依田勉三です。
南伊豆町のtea salon Kibiに行ってきました。
なんとここはGoogleマップには載っていませんでした。
南伊豆町も電車がないので、車で行く人が多いかと思いますが、
まずお店までは車で行けないので、三浜小学校ガード下に駐車場があります。
三浜小学校ってどこだよ、そしてなかなか分かりづらい場所にあるので、お店のfacebookやInstagramでお店の人とコンタクトを取るのがいいかと思います。
<p
写真を見てどうでしょうか?
南伊豆町は名前の通り、伊豆半島の一番南に位置し、伊豆半島の先端に位置する町です。
そんな伊豆の一番奥の場所で、このようなオシャレなカフェがあるのは驚きました。
ここは毎月1~14日だけオープンと少し使いづらいところもありますが、上記のようにインスタもやっているので、お出かけのときはインスタをチェックするなり、お店に電話をして確認したほうがいいかと思います。
しかし、それでも行きたいぐらいおすすめです。
まず、ここのお店の雰囲気が良い!
なんでもここは、地元の代議士小泉策太郎の別邸だったそうです。
(昭和の終わりに生まれた中の人からすると誰?ですが)代議士の別邸ということもあって建物の中がとても豪華です。
写真を撮ってはいませんがまだまだ部屋がたくさんあり、建物を見学するだけでも拝観料を取ってもいいレベルだと思います。
日本家屋の素晴らしさを再発見できるものかと思います。
次にケーキと紅茶が異常にウマい!
アッサムミルクティーは店主のこだわりのようで、紅茶の味わいが深く甘くないミルクティーで飲みやすく、味わいながらゆっくり頂きました。
ケーキもとても美味しく頂きました。
まるで都会みたいな味だ!
(田舎者丸出し)
なんでもご飯は店主のこだわりがあるようです。
伊豆をドライブして、疲れたら、ここで子浦の独特の景色を眺めながら美味しいお茶を頂くのもいいかもしれませんね。
世間の風は相変わらず冷たいばかりですが、
北海道の大地に浮かぶ夜明けの光がみなさんにも照らされるようにお祈りいたしております。
では、また。
松崎の岩地海岸に行ってきました~夏が終わってからがおススメ
みなさん、こんばんは。
依田勉三です。
先日、松崎町の岩地海岸で海水浴をしてきました。
どうですか!
この青い海!
もちろん加工なんかはしていません。
岩地海岸は「東洋のコートダジュール」というウリだそうです。
ところで、コートダジュールって何ですか?
とりあえず、すっごい良い海ってことでしょう!
で、8月の末に海水浴場に行った話をされても、
もう夏は終わるし、海はもうクラゲがたくさんいるだろーーー!
って思った方はいるかもしれませんが、
個人的にはこれからの季節が岩地海岸はおススメです。
残念ながら海水浴はできませんが、海水浴以外でも楽しめるものを見つけましたので、今日はそれをご紹介します。
日和山遊歩道です。
(看板にタオルが掛かっていますが、実はこの看板の前にパリピみたいな家族連れが陣取っていて、とてもタオルをどけて下さいとは言えませんでした。というか、正直遊歩道の入り口を塞ぐかんじで陣取っていたので、中に入るのもちょっと勇気がいりました)
行き方は後で説明するとします。
入り口です。
伊豆半島は火山の島とも呼ばれ、溶岩が固まった特徴的な岩肌をたくさん見かけます。
もちろんこれも自然のものです。
大きさは何メートルあったでしょうか。
せいいっぱい首を上げなくては頂上が見れないほどです。
途中、足場が悪い上、道幅も狭く、縄が手すり代わり。
といった、高所恐怖症の方にとってはなかなか冷や汗ものの道があります。
しかし、縄にしっかりとしがみついて、進んで行って下さい。
洞窟の先を越えると……
写真がヘタなので、いまいち景色の良さが伝わらないかもしれませんが、絶景でした。
一面岩地の青い空を眺めることができます。
帰り道も、
やはり写真だと感動がイマイチですが(涙)
自然が作り出した岩肌の洞窟と、青い海がとても幻想的で、まるで海外に行ったような気持ちにさせます。
さて、なぜここがこれからの季節がいいかと言いますと、
フナムシが出ないからです!
とにかくフナムシが多くて泣きそうでした。
「どんな虫かな?」って調べそうになった方、本当に自己責任です。
かなりグロテスクな虫です。
フナムシがどのようにいたのか書きたいところですが、本当にグロテスクですし、思い出しただけで吐きそうです(泣)
しかし、フナムシは暑い季節にしか現れず、夏以外の季節は現れないそうです。
そういったわけで、実はここを歩くのはこれからの季節がおすすめではないかと思いました。
まぁ、冷静に考えても涼しい季節に出歩きたいですよね。
海も海水浴シーズンですと、海水浴客が砂を上げてしまい、岩地のブルーの海が濁ってしまいますので、海の綺麗さを眺めるのもこれからの季節がやはりおススメのような気がします。
さてさて、ここまでの行き方です。
Googleマップに日和山遊歩道が載っていなかったのですが、
岩地海岸の駐車場を下り、海岸まで降り、海岸を正面にしたらひたすら左方向へ進んで行って下さい。
こんな感じで海岸が向こうに見えます。
こんな感じの景色が見れたら正解です。
左側に見える堤防を目指して下さい。
途中にトンネルがありますがくぐらないです。
悪路ではないですが、「こんなところにあるわけないよ」と不安になる道ではあります。
世間の風は相変わらず冷たいばかりですが、
北海道の大地に浮かぶ夜明けの光がみなさんにも照らされるようにお祈りいたしております。
では、また。
松崎の鞍馬に行ってきました~さっぱり上品蕎麦
みなさん、こんばんは。
江川太郎左衛門でございます。
さて、ではここで、松崎町のあの魔法の地図を出してみましょう。
ここの地図についてはこちらを。
Googleマップの地図も併せてどうぞ。
こちらはときわ大橋通り沿いの松崎町内の中心街といった雰囲気の中にあります。
なのでこちらは、なぜかGoogleマップには出てきませんでしたが、
3時間まで無料
という今まで聞いたことがない、儲ける気ゼロの駐車場が中瀬邸の横にありますので、車の方はそちらにどうぞ。
もちろん、裏があるとか、そんな美味しい話があるわけないじゃんとか、そういう系ではないです。
さっそくメニューを見てみると、
お蕎麦にとてもこだわりがあるようです。
また、伊豆はわさびが名産なので、地の物を使っているようです(ちなみに中の人はわさびが苦手なので美味しさがよくわかりません)
くるみ汁付きも気になります。
次は食べに行こうかと思います。
そんなわけで、
「すいませーん。天もりそばくださーい」
ちなみに大盛にしました。
さっそく天ぷらをサクり。
油が新鮮でさっぱりしています。
また素材の本来の味がしっかりして、塩で頂くのですが、つゆだと素材の味を消してしまうことになるので、なるほど納得です。
蕎麦はこれまたタレが濃くなく、蕎麦本来の味を生かしつつ、どちらの味もちょうどよく絡み合って、天ぷらも蕎麦も上品な味という印象です。
とても美味しかったです。
どなたさまも素敵な夜を過ごせるようにお祈りいたしております
では、また。
早雲は伊豆の移住者第一号だよ★(中の人の意見です)
みんなー!こんばんは★
北条早雲でっす。
なんかあの世で江川太郎左衛門がブログをやっているって聞いたから、まぜてまぜてーって思って俺も書いてみることにしたよ★
さてさて、今日は俺の話を聞いてほしいんだ(^^)
まず俺は康正2年(1456年)生まれ室町時代に生まれて戦国武将なんて令和の人には呼ばれてるらしいんだ。
今川義忠ってボスに雇われて、手柄として今の静岡県沼津市にある興国寺城って場所をご褒美にボスからもらったんだ。
諸説あるって言われたけど、俺もだいぶ昔のことだからよく覚えてなくて、ここだったようなあそこだったような気がするんだけれど、とにかく沼津だったのは間違いないよ!
で、はじめて沼津って場所に来たんだけど、
「やっべー。伊豆ってすげぇいいとこやん」
って思っちゃった★
だから、だから茶々丸ってゆう11代将軍足利義澄の異母兄を襲撃して殺しちゃって伊豆を俺のものにしちゃったんだ。
偉い人を殺してまで、政府を敵に回してまで、伊豆がほしかったんだよねー。
中の人「なんでそこまで伊豆を気に入ってくれたんですか?」
早雲「だって、伊豆には田方平野があって、そこで米が取れるじゃーん。だから伊豆がほしかったんだよねー。」
中の人「え。だって田方平野ってこんだけじゃないですか」
早雲「ギクッ!」
中の人「確かに田方平野はお米を作るのには良い場所です。
だけど、正直、大して広くないし、もっと大きい他の場所もあると思うんです」
早雲「……。」
中の人「さらに伊豆半島は上の地図でも見てわかるように、山だらけでなんです。本当に理由はそれなんですか?」
早雲「……。」
中の人「これは私の仮説ですが、
まず伊豆は過ごしやすいのです。
これは静岡県のデータになってしまいますが、年間平均気温が高い地域は、沖縄九州地方の次に高いのは静岡県なのです。
そして、私個人の意見ですが、伊豆半島ははさほど大きい半島でもないのに、あんな小さなサイズにぎゅっと海と山があるので、海の幸も山の幸もあるんです。
早い話がメシがウマいんです。
あと、このブログで何度も私は言っていますが、伊豆の人は良い人ばかりです。
あなたが伊豆を自分のものにしたときも、だいぶ伊豆の人は協力的だと聞きました。」
早雲「そうそう!みんな助けてくれて伊豆の人って良い人ばっかだったよねー」
中の人「つまりあなたは、田方平野がとか言いながら、無条件に伊豆に恋しちゃったんですよ!」
……あれ、なんだったんだ?
夢だったのかな……?
あっ、そうそう、ブログの続きを書かなきゃ。
伊豆に恋しちゃった俺は、敵を作り、「あいつを倒せー!」ってなっちゃって、俺は死ぬまで戦の指揮を取っちゃったんだよねー。
普通の戦国武将はインキョ?ってすんじゃん?
でも俺は死ぬまで戦い続けるって苦労をしてでもいいほど、伊豆に恋しちゃったんだ★
なんか伊豆に移住する人って令和の今でも多いらしいんだけれど、
俺の前に伊豆に移住した有名人っている?
俺が伊豆の移住者第一号でいーんじゃない!?
(むしろ誰かいたら教えて下さい涙)
ちなみに俺のお墓は岡山にはないよ★
全くないよ♬
神奈川県の箱根町に俺のお墓はあるんだ(^^♪
もう身も心も伊豆に捧げちゃった♬(中の人注:ジオ的には箱根も伊豆らしいのでそういうことにしました)
ちなみに俺本当は伊勢って名字なんだけど、
俺が死んだ後、息子の氏綱が
「伊豆の人って(もともと伊豆にいた)北条の一族をリスペクトしてっから、あやかって俺たちも北条って名前にしちゃおーぜ!」
って理由で北条って名前にしたんだ(^^♪
だって伊豆の人に好かれたいじゃん。
ちなみに中の人に聞いたんだけど、
もともと伊豆にいた北条は、鎌倉幕府開いた源頼朝の奥さんのマサコさん(北条政子)で、そのマサコさんと俺がどういう関係か、何かの親族かと思っていたらしいんだけど、
本家とぜーんぜん関係ないっからね☆
だから俺たちは「後北条(ごほうじょう)」って呼ばれているらしいよ。
なーんか、まぎらわしくってごめんね。
でも、みんな着いてきてね(^^)/
じゃ、今夜もみんなでパーティーしようぜ。
またな(^^)
SOUN.
江戸時代の元号がよく分からないです
みなさん、こんばんは。
江川太郎左衛門でございます。
みなさん、よく時代劇や大河ドラマを観ていて、
「享保12年」
と言われても、
結局、どの時代かわかんねーよ(;´Д`)
と思うことがありませんか?
例えば私、太郎が生きた江戸時代は、
元和、寛永、正保、慶安、承応、明暦、万治、寛文、延宝、天和、貞享、元禄、宝永、正徳、享保、元文、寛保、延享、寛延、宝暦、明和、安永、天明、寛政、享和、文化、文政、天保、弘化、嘉永、安政、万延、文久、元治、慶応。
……(゜-゜)?
どこかの鉄道の停車駅かな……?
(江戸の元号からお借りしました)
253年の間に35回も変わりすぎじゃね!?
(ちなみに元号全部打っていて何度か投げ出そうとしました)
ひとつの元号で4年で終わったのが9回、5年で終わったのが5回。
中には2年で終わった元号もあります(元治)
簡単に言うと、江戸時代は元号が変わり過ぎなのです。
聞けば昭和という時代は64年も続いたと聞いてびっくりしています。
江戸時代の元号で一番長かったのは、21年の寛永と享保のみです。
長く続いて21年だったので、江戸時代の元号のコロコロと変わる様子は想像しやすくなったと思います。
そりゃあ、令和に生きる人は、結局その元号が江戸時代のどの辺か分からないわけですよ。
なんなら、当時の人だってわけが分かっていなかったのではないかと思います(中の人の個人的な意見です)
だから江戸時代の人から見ると正直、
やら、
なんていちいちやっている場合ではありません。
ましてや
「平成が終わるぞーーーー。いえーーーーい」
なんて騒ぎを4年ごとにすることになります。
こんなのどうですか?
……意外に楽しいのかな?
そして肝心なのが、どうしてこうもコロコロと元号が江戸時代は変わってしまったかという理由です。
現在の元号は、平成以外は天皇の崩御で変わることになっていました。
しかし、江戸時代は元号が変わるきっかけは、災害や革命が起きたので、良くないことが起きたので
「よぉーし。気分転換に変えちゃお★」
みたいなノリで変えました(超要約すると)
ちなみに、
正保(しょうほう)は焼亡(しょうぼう)に似ているや、
明和(めいわ)は、明和9年が「迷惑年(めいわくねん)」
みたいに不吉だー!とクレームが入ったので変えちゃったみたいです。
いつの時代もクレーマーがいるのだなと思ったり、でもそのぐらい江戸時代の人は語呂合わせやゲン担ぎを大事にしていたのではないかと思います。
というか、そんなにコロコロと元号を変えていたら、そういった語呂の悪いものも出てくるだろうとツッコミたくなりますね。
話は逸れてしまいましたが、
今、コロナという疫病が流行っている最中、これがもし江戸時代の感覚でしたら、即改元ですね。
聞けば、元号が平成から令和に改元するときに、様々な業界の人たちがその対応に苦労したと聞いています。
またすぐ改元するなんて言われたら、それこそクレームものだと思います。
なにはともあれ、早くコロナという疫病が早く収束し、楽しい令和の時代を過ごせる日が来るといいですね。
どなたさまも素敵な夜を過ごせるようにお祈りいたしております。
では、また。
伊豆長岡のとり西に行ってきました(マジおすすめ案件)
みなさん、こんばんは。
江川太郎左衛門でございます。
伊豆長岡駅から歩いて数分のとり西に行ってきました。
一緒に行った人によると、ここはいつも満席で、予約がないと入れなさそうということで予約をして入店しました。
店名の「とり」とあるようにここは焼き鳥がウリのようです。
早速、焼き鳥を……
「ザーサイ下さい」
と一緒に行った人がザーサイを注文。
ザ、ザーサイって。
うさぎの餌みたいな草じゃねぇか!
と昔、とある中華料理屋のザーサイが美味しくなかったので、ザーサイをとにかく警戒。
ザーサイ好きな人って今の世の中にどれくらいいるのでしょうか?
とりあえず、ザーサイ到着。
え!ザーサイ美味しい!
にんにくが効いていて、葉はシャキシャキ、程よい苦みがあって、美味しかったです。
(盛り付けが雑なのはよそったからです)
ごめん、ザーサイ。
こんな魅力に気付かない私が馬鹿もんでした!
しかし、サブメニューであるザーサイがこんなに美味しいのです!
これはメインの焼き鳥にも期待が高まります。
はい、焼き鳥どーーーーん。
もちうま!(もちろん、うまい)めちゃうまです!
お肉もジューシーで、脂が美味しく、これは箸が進んでしまいます。
炭火焼き鳥とあって、やはり味が全然違います!
そして、よく食べる私たちはこれだけに限らず色々オーダー。
これは鳥皮を揚げたものです。
油も新鮮ですし、パリっとしていて、塩加減もお酒が進んでしまいます(中の人は飲めませんが、一応そんなことを言ってみます)
こちらも美味しかったです。
思うにここは油がとても新鮮で、良い油を使っているのか、こまめに変えているのか分かりませんが、胃もたれするようなことはなく、揚げ物を食べることができます。
また、塩加減が絶妙で、濃い手前といった絶妙な感じだと思いました。
そして、ここへ来たら絶対に食べなくてはいけないものが、
らーーーーめーーーーん( ゚Д゚)
私も、みんなも大好きラーメンです。
一緒に行った人曰く、「焼き鳥屋のラーメンは絶対に美味しい」とのことです。
いきなりザーサイを頼んだり、びっくりしましたが、この人の言う通り、ラーメンも絶品でした。
もちろん鳥ベースのスープなのですが、スープが麺によく絡み、醤油味とは思うのですが、鳥のクセが少しあるので、他のお店ではなかなか食べられない味だと思います。
むしろ、これだけを食べに行きたいと思ったぐらいです。
そしてデザートは
函南町にある丹那地方の丹那牛乳を使ったアイスクリームです。
ちなみに、丹那牛乳は伊豆半島民はほとんどが知っているローカルの牛乳で、味が他の牛乳と違って少し濃厚です。
そして、青いアイスクリームは、戸田の塩を使ったものです。
私の趣味は食べ歩きですが、このシリーズのアイスクリームは初めて見ました。
こちらも味がとても濃厚で、焼き鳥で口の中がしょっぱくなったものを甘さで優しく包んでくれます。
あっ、いちおうお酒のメニューを撮ったので載せておきます(中の人が飲まないため、お酒に関しては雑です)
とにかく、ここは、頼んだ全てのものが美味しいです。
伊豆に行くと、どうしても海鮮のイメージですが、海鮮系が苦手な人もいると思うしそれではつまらないと思います。
そういう方はこちらに行ってみるのはいかがでしょうか?
そしてこちらは禁煙です。
喫煙者の私としては居酒屋で喫煙ができないのは、悲しい限りです。
店の外に灰皿が設置してあるので、ニコチン切れの方はそちらへどうぞ。
どなたさまも素敵な夜を過ごせるようにお祈りいたしております。
では、また。